モンゴル
(MONGOLIA)
モンゴルを訪れたのは1997年の夏。北京では香港返還へ向けての式典が盛大に行われようとしていた頃だった。趣味で馬頭琴やホーミーを練習している事もあり、個人的にモンゴルへの憧れは強く、念願かなってという感じだった。首都:ウランバートルは一言で言うとロシアの田舎町という感じで、ナーダムというモンゴル最大の祭りを、あと数日後に控えたという雰囲気はどこにも感じられなかった。

路線トロリーバス(ウランバートル)

キオスク(ウランバートル)

文字はモンゴル文字キリル文字+αが使われている。(αはロシア語にないモンゴル語をキリル風にしたもの)アラビア語を縦書きにしたようなモンゴル文字を読むのは諦め、私はキリルの音を拾うことでどうにか地名程度なら理解できるようにする。食べ物は、夏にもかかわらず、市場に行っても中国からの輸入品と思われる(日にちが大分たった)しおれかけた貧弱な野菜や缶詰、米、小麦程度しかない。一番のお気に入り(選択権はあまりないが)はロッテのチョコパイで滞在中に今まで食べた総数を超えた事は間違いないと思う。
食事は滞在していた民宿で自炊できる事や、レストランが(高級な外人向けを除き)ほとんど見つけられなかった事もあり、外食をあまりしなかった。お店は看板がほとんど出ていないので、開いている店っぽい所に一軒一軒入って確認しながら探した。店でまず驚いた事は、ほとんどのモノに値札が付いていたことである。これは非常に珍しい事だと思う。言葉は英語が一部の人(旅行関連業)を除き通じないので身振り手振りと数字だけは覚えて何とかする。現地の数字を覚える事を、私は挨拶の次に最重要視している。

移動式テント・ゲル(ゾモト)


ナーダムに行く女性(ゾモト)

ウランバートルから車で1時間ほど走ったゾモトという場所に、ゲルに泊めてもらえる所がある。厳密に言うと、ホテルの手配による外人向けのゲルなので食事はベッドも付いているから現地人と同じ環境というわけではない。しかし、そばには本当に暮らしているゲルもあるし馬に乗る事も出来るのでお気軽に体験するにはいいのではと思う。モンゴルの馬はサラブレッドよりも小型で丈夫なので乗りやすい。(馬は賢いので、あまり我々旅行者の言う事は聞いてくれないが)乗っている時の気分は武豊なのだが、そんなに速く走れるわけではないです。
国内線に乗り西へ向かう。全席自由席の上、シートベルトのない席もあるが、チェックインカウンターで預けた荷物が、最後部に山積みされているのを見た時に、最初に預けた意味があるのか疑問に思う。途中、給油の為、草原の真ん中のG・S?に着陸。燃料入れて「さあ、出発!」という時に、故障で動かなくなり外でダラダラと時間を潰す。今までバスの故障で待たされた事は数多いがこれは初めて。しかも「さあ、直ったから乗れ!出発だ!」と言われた時、喜びよりも怖さを感じるとは思わなかった。
モンゴルの国内線
ゲル(ホブド近郊)
「ホブド」という町は空港があるくらいだから、それなりに西モンゴルでは大きな町のハズなのだが、町を十字に分ける道の他は何もない所だった。見つけ出したレストランは一軒(メニューはひとつだけ)博物館は閉鎖中。ホテルの居心地自体は悪くないのだが、一日23時間は停電していて、電気が使えるのは昼の10時からの1時間のみ(って役に立たんやろ)トイレは洋式で水洗のくせに一日の大半は断水していた・・・(これが一番きつい。何しろ流れない)しかし、まさかこんな町に1週間も滞在することになろうとは・・・
ホブド滞在中に一度、警官(と名乗る男)が来て許可証を出せと言われる。(後日、聞いた所によるとウランバートルから何Km以上離れるときは必要らしい)当然、「持ってない」と言うと「罰金を出せ」と言われる。この時、ホテルのおかみさんが現れて、その男を追い払ってくれたので事無きを得たのだが、こういう時って相手が何を言ってるのかモンゴル語は判らないハズなのに、よく理解できるのは不思議だと思う。
モンゴル産の馬(ホブド)

コンサート(ウランバートル)
ナーダム開始に合わせてウランバートルに戻ると、街中に人が増えていた。この時期は治安も悪くなるそうだが、活気があるのはいいことだ。開会式やモンゴル相撲競馬などを観光客もモンゴル人もみんな会場まで見に行くそうだが、私はホテルのTVで見た。行った人の証言によると、相撲は遠くで何かやってて、競馬も20Km走、30Km走なので見えないらしく、どうやらTVならアップで見えるので正解だったと思う。もっとも一度も会場に行かないのは、寂しいので競馬のゴールに合わせて行ってみる。あまりに長距離を走るためかゴールへはポツン、ポツンとかなり疲れた馬と騎手が走りこんで来るだけでゴール前の競り合いなどは無い。まあ、のんびりしていて楽しめたが、ナーダム見たさでは、もうこないだろう。
この国に思い入れが無ければ一度で十分だと思う。帰り(北京行き)の列車で知り合ったアメリカ人(英語教師)が、「冬は米と小麦粉しかない」と言っていたので冬はパスしたいが、私はまた行きたいと思う。
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